北方シネマ

(*)上映回によって時間や場所が変更することもあります。毎回の案内をご確認ください
学内駐車場は使えません。お越しの際は公共交通機関をご利用下さい
北九州市小倉南区北方4-2-1
北九州市立大学 北方シネマ(竹川研究室)
【電話】080-6458-1184 (水曜を除く平日 11:00-17:00 応対)
【email】kitagata.cinema@gmail.com
【料金】前売予約1000円・当日1200円・シニア/障害者1000円・大学生/高校生500円(資料代)・中学生以下無料

2117年2月14日日曜日

北方シネマ前売予約割引サイト

こちらから予約をすると一般料金が1000円になります。
当日精算ですので受付にて予約名をお伝え下さい。

【Web】北方シネマ前売予約サイト
【電話】080-6458-1184 (水曜を除く平日 11:00-17:00 応対)
【email】kitagata.cinema@gmail.com
【料金】 前売予約1000円・当日1200円

予約は前日までにおねがいします。
上映タイトル・代表者名・人数をお知らせ下さい

2018年4月1日日曜日

重要なお知らせ

上映時間の変更がございます。
'17年10月〜'18年3月までの北方シネマ上映は、会場の都合により全て

18:00開場、18:30開演

となります。
開演時間の遅れに伴い、ゲストトークも含めた全てのプログラムの終了がこれまでより遅くなることが見込まれます。ご了承ください。

また、ゲストトークの開催はこれまで通り積極的に行っていきます。
ご意見、ご要望などがありましたら上映後のアンケートまたは北方シネマホームページ上のアンケートページからお書きください。

今後とも北方シネマをどうぞよろしくお願いします。

北方シネマ運営委員一同

2017年11月10日金曜日

北方シネマ007『花はどこへいった』(坂田雅子監督)



61年から72年にかけて米軍機が

白とピンクの粉を撒いていきました

私たちが浴びたその粉の中には

木を枯らす何かが入っていました。



予告編




 フォト・ジャーナリストだったグレッグ・デイビスが肝臓がんで亡くなったのは、彼が入院してわずか2週間後のことだった。妻である坂田雅子に喪失感とともに沸き起こったのは、「なぜこんなにも突然に亡くならなければならなかったのか」という疑問。米軍兵士としてベトナム戦争に送られた過去をもつ夫・グレッグの死について、友人から当時浴びた枯葉剤が原因ではないかと示唆された彼女は、夫への追憶と枯葉剤への疑問からベトナムへ行くことを決意する。

 10代でベトナム戦争に送られたグレッグは、帰国後、祖国を捨て、日本でフォト・ジャーナリストとして活動を開始する。戦争の加害者であると同時に被害者ともなり、深く傷ついた心と体を癒すようにベトナムを幾度も訪問していた。彼女は、グレッグが所属していた米軍基地があるロンタンを皮切りに、ベトナム各地を訪れる。 

 彼女がベトナムで目にしたのは、ダイオキシンを含む枯葉剤が、ベトナムの人びとと大地を蝕み続けている現実だった。戦後30年を経て、なお世代を越えて、重い障害をもった子どもたちが生まれていたのだ。

 ベトナムの主要な産婦人科病院であるホーチミン市の“ツーズー病院”の一角に設けられた“平和村”では、100人以上の障害をもった子どもたちが生活し、アメリカ人の元兵士の提案によってハノイ郊外に建てられた “フレンドシップ・ヴィレッジ”では、枯葉剤の被害者である多くの子どもたちが共同生活を送っていた。 


 一方、地方の村には、不自由な生活を強いられる、生まれながらの障害を負った子供たちとその家族たちがいた。彼らに、治療、リハビリといった医療を受ける余裕はなかった。たいへんな貧困と困難の中にありながら愛情と深い絆によって結ばれた被害者とその家族たち。 


 これらの出会いの中から、彼女はこれからを生き続ける力を与えられ、グレッグが彼の仕事を通じて伝えようとしていた、反戦や平和への意思にあらためて気づかされるのだった。

終わらない枯葉剤の被害 平和への思い
戦争、そして枯葉剤の被害の実態に迫る
珠玉のドキュメンタリー

★北方シネマ上映情報★
11月10日(金)18:30開演 1回限り
北九州市立大学 本館A-101にて
予約はこちらから https://kitagata-cinema.blogspot.jp/2017/02/blog-post_14.html

★東田シネマ上映情報★
10月27日(金)28日(土)29日(日)
①10:30 ②13:00 ③15:30 ④18:00
北九州市環境ミュージアム ドームシアターにて
予約はこちらから http://higashidacinema2014.blogspot.jp/p/ticke.html

そして、この作品は書籍にもなっています。
全国の書店にてお問い合わせください。

【あらすじ】
グレッグの癌は枯葉剤のせい?カメラを手に渡ったベトナムで見た被害者たちの生活。最愛の夫との死別を乗り越え、岩波ホールなどで公開されたドキュメンタリー映画『花はどこへいった』の完成までを綴った描きおろしノンフィクション。




「花はどこへ行った」 坂田雅子・著

(税込1,890円 発行元:トランスビュー)
 


制作・配給SIGLO「花はどこへ行った」:http://www.cine.co.jp/hana-doko/
映画DVD、書籍案内:http://www.cine.co.jp/hana-doko/books.html

製作・監督・撮影・編集:坂田雅子 
共同製作:ビル・メガロス / 山上徹二郎 
音楽:難波正司 
撮影協力:フィリップ・ジョーンズ=グリフィス(MAGNUM PHOTOS) 
編集協力:ジャン・ユンカーマン / リサーチャー エドワード・エンゲル 
翻訳:ブー・ゴック・アン / ブー・クーン 
ベトナム語監修:川口健一 
日本語字幕:赤松立太(Passo Passo) 
製作・配給・宣伝:シグロ

2007年/71分/ドキュメンタリー/カラー

2017年10月6日金曜日

006『スケッチ・オブ・ミャーク』(大西功一監督)

魂が激しく揺さぶられる時、古代の響きが鮮やかに蘇る


予告編


 沖縄県宮古諸島。ここに沖縄民謡と異なる知られざる唄がある。それは、厳しい島での暮らしや神への信仰などから生まれた「アーグ」と「神歌」だ。その唄は宮古諸島に点在する集落の中でひっそりと歌い継がれてきた。特に御嶽での神事で歌われる「神歌」は、やむことのない畏敬の念をもって、数世紀に渡り口承で熱心に伝えられたものである。

 ことは音楽家の久保田麻琴が、島でそれら貴重な唄に出会ったことに始まる。本作は、その唄を生んだ人々の暮らしを追うなかで、失われようとしている根源的な自然への怖れと生きることへの希望を見出したドキュメンタリーだ。監督の大西功一は、秘められた島の神事を追い、生活と信仰と唄がひとつだった時代を記憶する最後の世代である老人達を温かく見守りながら、かつての島の暮らしをスクリーンに鮮やかに浮かび上がらせた。



歌うことは、神とひとつになること
生きる願いは声となり、神へ届く
魂のありか、「ミャーク(宮古島)」への旅





老婆たちが神唄を歌う時、

不思議な懐かしさがすべての人々の心を打つ




 ミャークには、今まさに失われようとしている大切な「記憶」がある。老婆達は語る。かつて厳しい生活と信仰と唄が切っても切り離せないひとつの時代があったことを。そして今も老婆達の心を映すかのように、この島の御嶽では、神事の火が数百年に渡り人から人へと受け継がれ、神女達が生きる願いとともに「神歌」を神に捧げている・・・。2009年、九十歳を超えた車椅子の老婆達が島を出て東京へと渡る。コンサートホールの舞台に立ち、禁断の神歌を歌うために。満場の観客を前に彼女らは力を振り絞り、歌う…。ミャークの老婆達が歌い継ぐ神歌に触れられた貴重な機会は、おそらくこれが最初で最後となるであろう…




  • わたしはミャークの老人たちが羨ましい。
  • 小さくてもこんなに完全で幸せな世界を持っているのだ。
  • (ライ・クーダー 音楽家)



【沖縄県宮古島とは?】
 東京から南西に2040km、沖縄本島から南西に310km、台北から380kmのところに位置する人口およそ5万5千人の島。霊場である御嶽での神事は、島外の者には容易く触れることのできない神聖な行いとされてきた。また、薩摩支配下の琉球王府によって1637年から1903年まで課せられた「人頭税」のため、人々は塗炭の苦しみを 味わったとされる。

【出演者プロフィール】
映画に出演されたおじい、おばあのプロフィールはこちらからチェックできます。


公式サイトより

北方シネマでは10月6日(金)18:00開場、18:30開演!

★ゲストトーク有り★

予約はこちらから


『スケッチ・オブ・ミャーク』公式ウェブサイト:http://sketchesofmyahk.com/
Twitter:https://twitter.com/myahk77
Facebook:https://ja-jp.facebook.com/MYAHK77/

配給:太秦株式会社
後援:沖縄県・宮古島市・宮古島市教育委員会・エフエム沖縄・沖縄タイムス社
沖縄テレビ放送・ 宮古新報 ・宮古テレビ・宮古毎日新聞社・ラジオ沖縄・琉球朝日放送
琉球新報社・琉球放送
特別協賛:特定非営利活動法人 美ぎ島宮古島・日本トランスオーシャン航空株式会社・有限会社宮古ビル管理(順不同)
宣伝協力:鎌田雄介・天久雅人・穐場慶吾・サラーム海上 
 
2011年/日本/カラー/HD/ステレオ/104分
© Koichi Onishi 2011

2017年9月30日土曜日

『スケッチ・オブ・ミャーク』ゲストトークのお知らせ

ゲストトークテーマ:「文化の脱文脈化と芸術」


今回のゲストトークには、北方シネマ運営委員の竹川大介・神原ゆうこに加え、久留米大学の神本 秀爾(かみもと しゅうじ)さんをお迎えしてお送りします。
神本さんの専門分野は文化人類学・宗教研究・ポピュラー音楽研究。ジャマイカのレゲエを研究テーマに、民俗音楽の商品化などについても研究をされています。

ゲスト:久留米大学 神本秀爾さん
(宗教・ポピュラー音楽研究)


南洋のゴーギャンや浮世絵を模写したゴッホ、アフリカ彫刻の影響を受けたピカソやマチスなどなど、西洋アートの正解では民族芸術がもともともっていた文脈をはずし、アート作品化されるという現象がいたるところで起きています。

例えば、もともと宗教儀礼であった舞踏をケチャというかたちで作品化し、それを芸能山城組が日本で上演するのと同じプロセスを、映画監督である大西功一や久保田麻琴は宮古島の芸能を題材に実現したいと考えているのかもしれません。

『スケッチ・オブ・ミャーク』を通して、観光や商品化や芸術の世界で、いかにアートが意味から記号へ変わるのか。いかに文化が変容され消費されていくか、ということについて3人で語ってみたいと思います。

お楽しみに!


神本さんの簡単なプロフィールはこちらからご覧いただけます。
久留米大学HP 文学部国際文化学科


2017年9月1日金曜日

005『記憶の中のシベリア 祖父の思い出、ソウルからの手紙』

孫の世代が見つめた

シベリア抑留にまつわる2つの記憶

!九州初上陸作品!



『祖父の日記帳と私のビデオノート』(2013年)



私の祖父にはシベリア抑留の経験があった
戦争で、祖父は人を殺めたことがあるのだろうか
祖父の日記帳が、写真よりも映像よりも祖父に似ているような気がした
最後まで百姓として生きた祖父と戦争の記憶




百姓だった祖父が話すことはいつも決まっていた。天気と畑仕事のこと、そして戦時中にいた中国やシベリアのこと。

2000年、私は家から離れた大学で映像を学び始め、祖父と会うのは年に数回になった。私は祖父が戦争に行った年齢と同じ20代になり、当時祖父がどんな思いで生きていたのかに興味を持つようになった。何より、感情的な話をしない祖父は、私にとって家族の中で最も謎めいた人であった。

2004年から私は帰省する度にビデオカメラで祖父を撮影し、祖父は農作業の合間に当時のいろいろな話をしてくれた。しかしその話は断片的で、依然として私は祖父と心の距離を縮められないのを感じていた。

2010年に祖父は認知症により以前のように会話を交わすことが出来なくなり、その2年後に祖父は亡くなった。私は祖父の写真や日記、そして自分の撮った映像の断片を用いて私の知る祖父の姿を形作りたいと思った。(久保田桂子監督の言葉)


『海へ 朴さんの手紙』(2016年)




ソウルに暮らす韓国人の朴さんは、シベリア抑留を経験した日本兵だった
日本軍で一緒だった親友 山根さんへ送った手紙は、届くことがなかった

『お元気ですか
 私、朝鮮人 朴道興です。
 山根秋夫さんが、見たくて見たくてたまらないです。
 もしこの手紙を見たら、すぐ、便りを頼みます。』




この作品は、シベリア抑留を経験した元日本兵の朴さんが戦友・山根さんへ宛てて書いた手紙についての物語です。

私はシベリア抑留を経験した祖父を持ち、2013年に祖父についてのドキュメンタリーを制作しました。その中で、2004年より自分の祖父をはじめとする、日本、韓国のシベリア抑留者の体験談の聞き取りを行っており、2005年に韓国へ取材に行きました。そこでシベリア抑留を経験した7人の元日本兵の方々にお話を伺いましたが、その中に朴道興さんがいました。他の人が植民地時代や軍隊での苦労や日本への憎しみを語る中、朴さんは始終日本軍時代に出会った日本人の友人・山根のことを語り、「今も彼を思い出すと眠れない時がある」と目に涙を浮かべました。私は帰国後シベリアの抑留者名簿で山根さんを探しました。しかし彼の名前はなく、朴さんから聞いた彼の住所も存在しませんでした。

その後も朴さんと手紙のやりとりは続きました。朴さんは1997年頃、山根さんに宛てて沢山の手紙を送ったことを教えてくれました。その手紙はどれも住所が不明瞭なため届きませんでした。私はその手紙を一通預かり、そこに書かれた地名をたよりにふたりの足跡を辿りながら山根さんの手がかりを探しました。

私が朴さんと出会ってから2年後、ついに山根さんの消息を知ることが叶いましたが、彼はすでに亡くなっていました。私は山根さんの命日に、彼の妻である山根みすえさんに会うために広島へ向かいました。みすえさんはかつて夫にあてて書いたラブレターのことを話してくれました。

この作品は、手紙についての物語です。私はふたりの人と出会い、彼らは私に今は亡き大切な人への手紙を読んでくれました。旅の途中、船の上で「行くあてのない手紙や、そこに込められた想いはどこへ行くんだろう」とよく考えていました。

この作品が、彼らの想いを満たす器になればいいと思います。作品を作り終えた今、そうした時、風景の中に彼らの存在を感じます。朴さんやみすえさんは、こんな風に日々山根さんと再会し、ずっと一緒に生きてきたのだろうと思ったのです。


珠玉のドキュメンタリー映画2作品を一挙上映




予告編はこちらです




誰もが持っている、心にしまっておきたい想い出
その扉を少しだけ開けてみたかった




「シベリア抑留」ってなに?こちらに簡単な解説が載っています。




『祖父の日記帳と私のビデオノート』
監督・撮影・編集:久保田桂子
出演:久保田直人
2013/日本/デジタル/40分

『海へ 朴さんの手紙』
監督・撮影・編集:久保田桂子
出演:朴道興(パク ドフン)山根みすえ 山根秋夫(写真)
2016/日本/デジタル/70分
記憶の中のシベリア 公式サイト:http://siberia-memory.net/index.html

姉妹館の東田シネマでは、3日間の上映です。
久保田桂子監督来場予定
08/25(金) 10:30/13:00/15:30/18:0008/26(土) 10:30/13:00/15:30/18:0008/27(日) 10:30/13:00/15:30/18:00
お問い合わせはこちらからどうぞ。


 久保田監督の書籍、8月より発売!




シベリア抑留体験者を取材したドキュメンタリー作品『祖父の日記帳と私のビデオノート』(2013年)、『海へ 朴さんの手紙』(2016年)を制作した久保田桂子監督が、10年以上にわたった取材の旅を綴った書籍がこのたび発売されました。

北方シネマでは物販にて販売する予定ですが、すぐに手元に欲しいという方は、以下のURLより詳細をご覧ください。

東洋書店新社「記憶の中のシベリア」:http://toyoshoten.com/books/495


さらには、新聞掲載も




東京新聞の地方版での掲載ですが、久保田桂子監督のインタビューが掲載されています。(2016年11月24日 東京新聞)
*画像はクリックすることで拡大できます。

東田シネマ・北方シネマでの上映をお楽しみに!

2017年8月7日月曜日

北方シネマ004 記録映画『まなぶ 通信制中学 60年の空白を越えて』上映しました

  


北方シネマ004『まなぶ 通信制中学 60年の空白を越えて』の上映が終了しました。
足を運んでくださった皆さま、ありがとうございました。




本作は、戦後の混乱期、義務教育を受けられなかった高齢者たちが、人生の終盤に近づいた今、通信制の中学に通い「まなぶ」様子を5年間追ったドキュメンタリーです。

記録映画『まなぶ』HP:http://www.film-manabu.com/


学校に通えなかった理由はそれぞれあります。
戦争で大黒柱の父を亡くし、働かざるをえなかった人。戦時下、空襲で焼け出され、満足な教育が受けられなかった人。映画では、6人の生徒の背景と、今の生活にも寄り添います。妻や夫の介護や、自身の病気を乗り越え、最後まで学び通す。中学で学んだ基礎を元に高校進学を目指す生徒いました。

高度経済成長に向かう日本社会の片隅には、貧困のため中学校に通えず、働いていた子どもたちがいたのです。しかし、こういった話が過去のものであるわけではありません。時代が変わっても、今も、様々な理由で定時制や、通信制、夜間中学に通う人はいるのです。


「昔あった話」ではなく、「今につながる」話



ゲストトーク

北九州市で「青春学校」「穴生・中学校夜間学級」の開設に携わった柳井美枝さん

基礎教育保障学会の添田祥史さん(福岡大学)



今回の上映では、運営の事情により太田直子監督をお呼びすることができませんでした。
しかし、当日は北九州で「青春学校」「穴生・中学校夜間学級」の開設に携わった柳井美枝(金美子)さんと、自身も大学生の頃から同テーマに関心をもち、研究をしてこられた添田祥史さん(基礎教育保障学会・福岡大学)をお迎えしてゲストトークを行いました。進行は柳井さんと共に夜間学級に関わってこられた本学の稲月正先生です。




「学ぶことに目標をもっている人の美しさを改めて実感しました」
(柳井さん)




現在、日本で義務教育を受けていないとされる人々の人数はどのくらいになるのでしょうか。添田さんが会場に投げかけます。未就学者数(小学校に通っていない人)は12万8000人。中学校まで含めると、100万と数十万人になるそうです。

では、私たちが住む北九州では、そういった人に対してどのような支援が行われているのでしょうか。市内の夜間学級、通信制中学などの話を耳にしたことがありますか。

なんと、北九州市には公立の夜間中学はないそうです。市の補助金によって唯一運営されているのが、穴生・中学校夜間学級と城南中学・夜間学級の二つです。

義務教育からの排除ではなく、異なる背景を抱えた人々を包み込む場であること。
今の日本や北九州の現状も交えながら、自信の経験と照らし合わせながら行われたゲストトークはとても充実した楽しい時間となりました。


「まなぶ」とは


「自分らしく生きるための方法を見つけること」(柳井さん)
「取り戻す、こと。自信や、誇り、社会自体もそうだし、社会からの信頼も」(添田さん)



会場からの感想を交えながらゲストトークは進みます。
自身も年を重ねてから定時制中学で学んだ方。通信制で中学、高校を卒業し、大学まで出られた方。学ぶことの意義は何なのか。

映画の中のシーンにもありましたし、実際に自分たちの目にしてきた人たちも言います。

「学校に行けなかったり、字が書けないといったマイノリティの人が、学校に通うことでとても明るくなる。同じような境遇の級友を得ることで、これまで隠してきたことを包み隠さず話すことができるようになる。」

学校とは、「何を学ぶか」と同時に「誰と学ぶか」も忘れてはいけない要素です。
映画とゲストトークを通して、「おべんきょう」以外の触れあいの大切さにも改めて気づかされました。




次回の北方シネマもお楽しみに!


北方シネマ005 『記憶の中のシベリア』 9月1日(金)18:00から

監督:久保田桂子
「祖父の日記帳と私のビデオノート」(2013年)
「海へ 朴さんの手紙」(2016年) 合計110分
公式HP:http://siberia-memory.net/



北方シネマ006 『スケッチ・オブ・ミャーク』 10月6日(金)18:00から

監督:大西功一
2011年、104分。



予約はこちらから:https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfcK8CWAr6YxWlGEf1k0D6BWj9G8b2AoCBcBBwtgNaxBILpvA/viewform